雇用、営業、くらし守る政治へ…マサツグの奔走記

福島原発事故の収束を、脱原発へ、被災地復興は住民主体で、構造改革の押付けは許されない。政治のベクトルは常に「人間を幸福にする」ために…その想いで見て聞いて語っての走り書き

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徳川吉宗公日光御参詣での川口宿錫杖寺御弁当を体験しました。

2012.10.06 22:42:02

(残念なことに写真を撮っていません。)

私の人生にもう2度とないと思われる貴重な体験をしました。今日の昼、川口市内にある錫杖寺において、
徳川吉宗公が日光御参詣のおり、錫杖寺において食したという「川口宿錫杖寺御弁当」を試食する機会に招かれたのです。

時は享保13年4月13日、天気は雨のち晴れ(記録にあり)、国立公文書館蔵の内閣文庫「享保日光御参記三」の中から献立が見つかったとか。

市の依頼を受けて女子栄養大の教授がレシピを作成、市内の料理人の手によって再現されたのです。感想ですが、塩分控えめの健康食、素材そのものの味が良く、バランスのとれた弁当と感じました。(もっとも時の最高権力者たちの弁当で、下級武士は握り飯だったとか)

献立を紹介します。


一重 焼豆腐
    廣かんひやう
    山のいも
    切とうがらし紙包

二重 梅煮ふし

三重 生干かます
    むし貝
    干せうが
    御香物
    塩山椒

小重 酒ねりひしほ

二重 御食

御汁 くたき豆腐
    こまごまな
    砂糖こせう紙包


解説書の一部から

「・・・この献立の書き方をみて、お弁当持参というのが自然と考える。将軍用の昼食とみてよいと思われる。家来はおにぎりのような携帯食を持参と考えてもよいかもしれない。・・・略・・・料理書の発行された年が必ずしも享保年代ではない。が、享保以前とその後のものを探り出して想像するしかない。また、食材、調味料が現在のものと異なっていると思われる。単純な調理法であれば、素材そのものが命であり、吟味して用いなければ似て非なるものになると思われる。・・・」

今日の弁当を作った若い調理人さんは、「成功するかどうか夢にまで出てきた」とその苦労を語ってくれました。同時に、こうした機会に恵まれたことに感謝します、ともごあいさつされました。
再現は大変だったと思います。関係者のみなさん、ありがとうございました。






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